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●てこずる病気を…
このサイトをご覧になっている方には、現在辛い病気や重い病気を抱えてらっしゃる方もおいでと思います。何とかして自分や身内の病気が良くならないか。またそのヒントがどこかにないか、そう思って閲覧していらっしゃる方も多いと思います。他のページにも書きましたが、西洋医学で難しい病気は東洋医学でも難しいものです。それでは希望がないではないかと詰問されそうですが、解決法がないではありません。
●病気とバランスを取る
まず病気というものをどう捉えるかということです。これまでは病気は「悪」で発病したら何が何でも消し去ってしまわないと…という思考法でした。しかし軽い病気ならいざ知らず、面倒な病気となるとそう簡単には行きません。従来の病気を消し去るという発想では限界がある事も分かります。そこで提唱され始めたのが、病気とバランスを取るという発想です。「何が原因か分からないが、今更自分を責めても仕方がない。その代わりその『病気』が悪だと責めるのはよそう。治るものなら治すし、もし治らないものなら病気と折り合いをつけてバランスを取って生きて行こう」という発想です。病気とバランスを取るというと後ろ向きな敗北宣言のように聞こえますが、それは違います。もともと医療は病気を消すためと言うより、まず生活を快適にするのが第一です。まず病気の勢いを止める、または弱めようという発想は自然な事です。それ以上辛くならないようにくい止めて、これまで病気に向けていた気持ちをラクな方向に切り替えてみる。病気などという非建設的な事に毎日心を費やすのではなく、多少症状は残るけれど積極的に楽しい事柄に心を切り替える。そんな発想です。
●人生は心ひとつの置きどころ…
そんな器用な事が出来るのかとお思いかもしれません。しかし重度の障害を負った方や進行したガン、また種々の難病に罹っていらっしゃる方でも、はつらつと生きていらっしゃる方は大勢います。まさに「人生は心ひとつの置きどころ」です。しかしそうなる為には日常的に「生命(いのち)」のメンテナンスをしなくてはなりません。心が安定すれば体も安定するという事実をご存じですか。生命のメンテナンスとは「無駄な事、ささやかな事を心身に渡って一杯する、またしてあげる」ことです。心、とくに病気の時は効率的、マスプロ的なものを嫌います。むしろ不効率で素朴なものを好みます。指圧が病人に受け入れられるのは、圧すだけという指圧の素朴さのためです。このような人間臭い交流が気持ちに活力を与え、心を安定させるようなのです。心が安定すれば気持ちが安定しますから気分も落ち着いてきます。これは周囲の強力も必要ですから、「言うは易し」である事も十分承知しています。しかし効果がある事も事実です。
いささか遠回りの対応のように感じられたかも知れませんが、生命とはそんなカラクリで動いているようなのです…。
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